「あるストリッパーの大人の事情(読者投稿)」         −マナ板の上の恋 。。 



  
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一風堂 隊長殿 

まつたけ(仮名)と申します。

昔の昔の話ですが、聞いてやって下さい。それと、シロクマ名誉隊員と年代と場所が近いので、穴兄弟と言う可能性もあり、
何か親近感が湧く今日この頃です。


「あるストリッパーの大人の事情」

変な書き出しで恐縮ですが、踊り子の姐さんたちにも色々と大人の事情とやらがあるようです。
このストリッパーの姐さんと初めて会ったのは、千葉県の浦安市にある劇場でした。
かれこれ20年近く前の事です。すでにストリップ劇場には本番マナ板ショーを目当てにした客(私もその一人ですが)が
大挙押し寄せていた時代です。この頃は生本番マナ板ショーもありましたが、数が少なくジャンケンが熾烈な為に上がるのは至難の技でした。
そこで、早朝割引のある平日の朝に劇場へ行けば少しは部があるのではと考え馳せ参じました。案の定、倍率は低く三番目の香盤の本番マナ板
ショーの姐さんに上がる事ができました。この姐さんは細面で色白の華奢な感じのする人でしたが、言葉使いが丁寧で服を脱がせてくれた後に、
服や下着まで畳んでくれました。私もこれまでに何十人となく、本番マナ板ショーの姐さんと共演させて頂きましたが、ここまで丁寧にされた事はな
かった様に思います。ショーが始まり、全身を舌先で舐めてくれて、こちらも姐さんを舐め上げて気分を盛り上げました。

念入りな尺八で愚息はギンギンに硬くなり、ゴムを被せられ騎乗位で挿入。姐さんは結合部を客に良く見えるようにと腰を大きく上下させ、自らが回転
してサービスをしている様でした。5分くらい続けていた後に、正常位に体位を変えた時に「あたし、一人しか上げないから、時間まで我慢して頑張ってね」
と姐さんに言われました。

 残りの10分を知る限りの体位を駆使して(4パターンの繰り返しですが)姐さんの期待に答え様と頑張ってみましたが、姐さんの秘穴のねっとり感には勝て
ず思いっきり奥に突き刺すように動いたら「プツッ」とゴムが破れ、同時に発射してしまいました。かなりの量の精液が秘穴に注入されたとみえて、姐さんが慌
てずゆっくりと抜いたときには、股間から太股に精液が垂れて行くのが判りました。姐さんは「大丈夫よ。お遊びなんだから、気にしなくて良いよ」と怒りません
でした。私はオープンショーの時に、お詫びと思ってビールとコーヒーを渡したところ「にいさん、本当に気にしなくて良いよ。たまにはあるんだよ、こんな事はね」
と明るく振舞ってくれた。

 それからは、この姐さんが出ている劇場を見つけると、千葉や埼玉、神奈川や当然のこと東京なら何処へでも通いました。半分「追っかけ」みたいになってし
まいましたが姐さんは逆に喜んでくれて、深夜近くになって上がる客が居なくなると指名して上げてくれるようになりました。ご存知の方もいらっしゃると思い
ますが、客が5、6人しか居なくなったりすることがあると、姐さん達も困るので知り合いの客が居ると指名で上がらせられる事があったのです。この姐さんも
そんな時は私を指名してショーをしてくれました。生本番マナ板ショーではないこの姐さんは、この時ばかりは生挿入の中出しをさせてくれました。照明係の人
もこんな時は舞台を見ていませんから、姐さんも気楽なんだと言っていました。

 このような付き合いが5年ほど続いたでしょうか。時代も本番マナ板ショーが取締りの強化により次第に衰退し始めた頃、ある日の事、姐さんが「アタシね、
この仕事を辞めようと思っているの」と言い出したのです。ベテランの域に達していた姐さんの生きる道は「本番マナ板ショー」だったのでしょう。しかし、時
は既に「アイドル路線」になっていました。少ない「本番マナ板ショー」も若手の進出でベテランの姐さんには仕事が廻ってこなくなったらしいのです。そんな
事もあり、こんな愚痴が漏れたのかも知れません。この日から、姐さんの「本番マナ板ショー」には、私自身は上がらなくなりました。この頃になると「個室」
なる部屋が多くなり、三千円くらいでHができる様になっていました。そこで私は姐さんの稼ぎにもなるので「個室」を利用する様にしました。


 実はここからが「あるストリッパーの大人の事情」の話になるのです。引退を決めていた姐さんは「本番マナ板ショー」で客に大サービスの演技を披露してい
ました。当然の事「個室」は大盛況でした。それでも、律儀にも「ゴム装着」は通していました。「生挿入の中出しは、絶対しない」と言っていました。しかし
何故に私の時は(たまにでしたが)例外があったのかと聞きましたら「別に良いじゃない。嫌だったの?」と言って取り合わなかった。ある日、個室に入ったら
「にいさん、聞いてくれる?これからね、生でしてあげるよ。中に出して良いからね。辞める時までまでだけれどね」と、さらに「アタシにもね、大人の事情と
言うのがある訳さ」と付け加えた。私も、そうしてくれるのなら断る理由もないので精液が出なくなるまで注入させてもらいました。

 その後、姐さんは半年ぐらいで引退して劇場を去りました。横浜の劇場で最後のショーを観劇し、ラストのショーで禁断を解き姐さんの「本番マナ板ショー」
に上がりました。このショーは20分間の「本番マナ板ショー」になり、初めて二人とも全裸になってショーをしました。「引退特別興行」だった事もあって、
ラストのショーだけ「純生本番マナ板ショー」にするつもりだと言っていました。

先の三回のステージで「本番マナ板ショー」に上がった客が、損したと言っていたのが印象的でした。このステージを含めると、姐さんの中に出したのは数十回
になる訳ですが、姐さんは避妊はしていたのでしょうか?

 姐さんが引退してから2年くらい経った時、ある劇場で「天狗マナ板ショー」をしていたS・M(現役の姐さん)嬢から聞いた話では、その姐さんは、横浜で
女のお子さんと一緒に住んでいて、化粧品店をしているとの事でした。亭主も居ないのにねぇ?と首を傾げていました。私は一瞬「ドキッ」としたのを覚えてい
ます。もしかして「大人の事情」が、その女の子???? なのか?

 また逢えるのなら、逢ってみたい「素敵な姐さん」でした。(終)



隊長より:
まつたけ(仮名)ってそりゃ仮名でしょうよ(笑)
と、まぁ冗談はさておき力作を感謝します。良き時代です。そんな時代を生きたまつたけさんをとても羨ましくも思います。
ぼくは小さな頃にうろ覚えですが、「嗚呼、花の応援団」という映画を見て、そこにストリッパーと学生が恋仲になるような場面がありまして、
それになぜかとても惹かれたんですね。(そのときの隊長はまだ小学生だったと思うんですケド…)
なんだかその映画を強烈に思い出しました。

古い劇場には後ろめたさと華やかさと淫靡さがあります。消えつつある産業ですがいつまでも残っていってほしい日本の文化のひとつですね。



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